はじめに
OBOG並びに保護者、その他関係者の皆様、平素より同志社大学男子ラクロス部に温かいご支援ご声援ありがとうございます。
G#2の大塚駿平と申します。
引退して早くも一か月が経ち、Bリーグも終わり2024Dolaxの試合は残すところウィンターだけになりました。この試合が終われば本当の意味で4年間の学生ラクロス生活が終わると考えるとあっという間だったなという気持ちと名残惜しい気持ちの二つがあります。
関西制覇という目標を目指せなくなった日々は心にぽっかりと穴の開いた感じです。それほどに自分の大学生活はラクロスによって支えられていたんだなって思っています。
鈴木がみんなの振り返り読みたいと言っていたのでつたない文章ですが少し4年間を振り返っていきたいと思います。
やることないしサークルなんて肌に合うわけないよなと思い選んだのがラクロス部でした。走るのが嫌いだったという浅はか理由でゴーリーを選びました。後悔はないけど最近はショートおもろいなって思っています。体験でゴーリーやりたいですと言った時の先輩たちの嬉しそう顔を当時の自分は喜ばれているのだなと思っていたけど、4回生になってあれは「やべーやつ来たな」っていう変な奴を見る目だったんだなって振り返って思っています。サマーでは特に見せ場もなく決勝一回戦で敗退、京都カップはなれないクロスでパスミスしまくり、三位決定戦のサドンでなぜか練習も全然来てない同期が出て負けるさまをベンチで見て終わりました。ちなみにこのことは今でも納得してないです。ウィンターは京都カップ後にゴーリーに転向した織田にあっさり抜かされほぼ負けが決まった三位決定戦の残り5分に出場しただけで終わりました。入部してからの目標であったウィンター優勝という目標にろくに絡めず一年が終わりただただ悔しかったのを覚えています。ただ織田が転向してきてからの一か月が一年の中で最も成長したと思います。ライバルとか負けたくない同期がいるっていう状態が一番成長につながるんだなと思った。あとクロスにこだわる大事さを学びました。
2回生になり同期のゴーリーが全員いなくなりました。悲しさもありましたが試合に多く出られる嬉しさの方が大きく、頑張るぞと意気込みました。
けどそんなうまくいくはずもなくBリーグではあんまり使ってもらえず。そんな現状の中で当時のBコーチである塩月さんになぜ出られないのかと聞いたことがありました。それに対して塩ちゃんは「大塚はねぇ、頑張ってくれてはいるんだけど、まだ不安定で信頼しきれていないんだよ」といわれたことを覚えています。すんごく当たり前なことだけど当時の自分には抜け落ちていた考えでした。そこからは自分の取り組みをかえ自主練を増やしたりラクロスに触れる時間を増やしたことでAにも一瞬上がることができたし試合も2Q出してもらえるようになり結果がでて嬉しかった。けどBリーグ最終戦のKG戦でその信頼にこたえることができず塩ちゃんを引退させてしまったことが悔しくて泣きました。当時の4回生は本当のいい人ばかりで良いセーブをしたら自分のことのように喜んでくれて、その経験がラクロスを頑張る原動力につながっています。本当にお世話になりました。
3回生はチームとしては濃い一年になっていたけど個人としてはとても薄い一年でした。
同期が試合に出ている中で唯一試合に出られていない現状に歯がゆい思いをしました。
このシーズンの過ごし方は最悪だったと思う。シーズン初めは一枚目になろうと努力をしていたけど頑張っても結果がついてこない、試合に出られない現状にくじけてしまいリーグ戦途中からはAで試合に出ることを諦めてBリーグで頑張ろうという気持ちになってしまった。二枚目のゴーリーの役割は一枚目を常に脅かし共に成長することにあると思うからこそこのマインドはだれのためにもならない最悪なものだと振り返ってみて思う。
Bリーグは全国行きが決定し、すごく楽しみだったけど部内でインフルエンザが流行し、Finalも控えていることから棄権することになってしまい悔しかった。僕は元気だったのでなおさら。その一週間後のFinalで神戸に負けシーズンを終えた。
ラストイヤーは初めて怪我での長期離脱で始まり、復帰明け最初の練習はまじで止められなくてかなり焦っていました。しかも足首の怪我は良くなることがなく、練習後は脚を引きずりながら帰り、その足首をかばい膝を痛めるバットサイクルにハマり明らかに練習量が減ってしまったことは反省です。そんなこんなで迎えた個人としては初めてのリーグ戦、チームとしては昨年の雪辱を果たすリーグ戦。関関同立戦もトップリーグも大して緊張しなかったけど初戦の京大戦はあほみたいに緊張しました。緊張しすぎて電車に財布忘れたくらいです。これがリーグ戦かってなりました。個人のパフォーマンスも乗り切らずチームとしては勝利するも、憧れてきたリーグ戦で活躍しチームを救ってきた先輩ゴーリーの姿とは違い仲間を救うことができないでいる自分の姿に悔しさを覚えていました。神戸戦もチームが大勝している中、しょうもない失点ばかりしている自分に嫌気がさし、近畿戦は試合を壊しかけ4Qの途中からはDF時間が来ることが怖かった。試合が終わった後は価値のうれしさより安堵の気持ちが勝っていた。
最終戦の大経戦は駿佑が怪我でいない中、勝てば予選一位通過が決まる試合で2人しかいない4回生としてDFをチームを救うべきだったのにも関わらず最後までゴールを守りきることができず同点。自分が止めきれなかったことよりも駿佑を万全の状態で試合の舞台に立たせることができなくなったのが悔しかった。そしてFinal3準決勝。もう見たくもなかった同期が後輩がグラウンドで崩れ落ちるさまを、試合の終わりを告げるホイッスルの音を、昨年と同じようにベンチで迎えて僕は引退した。
この4年間頑張れたのは、ラクロスがただ単純に好きだからという理由もあるけどやっぱり練習中でも試合中でも「褒められる、みんなが喜ぶ姿をみる」ことが自分が頑張る原動力になっていたと思います。
良いプレーをした後の会場に起こる歓声(配信のアーカイブも毎回見直して気持ちよくなってます)やセーブした後の駿佑からのナイスゴーリーの声、タイムアウトで嬉しそうに駆け寄ってくるみんなの姿がただただ嬉しくその都度やってきてよかったなと思っていました。どんな試合展開でも馬鹿みたいに喜び合えるところが同志社の良い所だと思っています。少なくとも僕にとっては頑張る原動力になっていました。来年からもその姿を見せてください。
『ドキドキする感じとかワクワクする感じとかプレッシャーのかかる感じというのはたまらないですね、僕にとって。これが勝負の世界にいる者の醍醐味ですからね。』
これはイチローの言葉です。
イチローは緊張、プレッシャーを勝負の世界にいる者の醍醐味とだといっています。
引退後にたまたま見かけたこの言葉なのですが、ずっと緊張が嫌いで緊張からどうにかして逃げ出そうと考えていた自分にとって、緊張を受け入れて味わうべきだという考えは新鮮なものでした。
関西制覇とその先を目指す過程で緊張する場面は必ず来ます。その時はこの言葉を思い出してください。自分が感じているこの大一番での緊張は100人近くの部員数がいる同志社ラクロスの中でも選ばれたたった26人しか経験することが許されていないものであり、真剣勝負の世界の醍醐味なのだと。緊張を排除せずに受け入れて楽しむ、大一番で勝ちきれないことが続いた今年の同志社に大事なことだなと思ったので紹介させて貰いました。学生ラクロス特有の緊張感を引退した僕たちはもう味わえないから僕たちの分も緊張を味わい楽しんでください。
そんな緊張を直近で味わうのは一回生ですね。一個上が全国優勝の代で二連覇がかかっている今年は例年の一回生に比べて多くの期待を背負って緊張を感じていると思うけど、その緊張を楽しんで他大を圧倒して織田と基さんを高く高く胴上げしてやってください。
ここからはメッセージコーナーです
ふくたけさん
今年一年は特にお世話になりました。今年もふくたけさんを胴上げすることができず悔しかったです。ふくたけさんが関西制覇とでかでかと表示された電光掲示板の前で胴上げされる姿を見るまで僕はDolaxを応援し続けるので絶対に達成してください!
肥田監督
初めて対面であったのは一回生の久御山河川敷でのKGとの練習試合でボコボコにされてわんわん泣いている僕のことを慰めてくれた時だったはずです。あれから4年近くたっていると考えると早いものです。男女ラクロスの監督をしつつ忙しい中どのカテゴリーの試合や練習にも顔を出してくださりありがとうございます。
後輩Goalieへ
森田
一年間ありがとう。多分一番迷惑かけたし辛い思いをさせた。一年間隣で見続けたからわかる森田やったら多分関西くらい余裕。こばさんと俺とで宮本にボコられ続けているから森田の手で引導渡してね。頼んだ。あと怪我には気を付けて、やばくなったらいつでも呼んでくれ、練習駆けつけます。
祐太郎
来年からは追われる側になるけど変わらず頑張れよ。全国優勝の経験あるゴーリーなんて両手に収まるくらいしかいないんだから自身もって。応援してるよマイブラザー。
はる、のすけ
二人ともポテンシャルあって成長意欲あってだから3年後めっちゃ期待してます。
同期Gがいることは成長するうえでとても大事なことだと思っているから仲良く切磋琢磨して頑張れ。相手として戦うのが密かな目標です
かける
ここ数年の同志社ラクロスを変えたのはシュンソクさんとかけるだよ。いいチームを作るのに尽力してくれてありがとう。来年も変わらず哲平は試合中に怒っていると思うけど喧嘩せず仲良くね。ゴーリーへのアフターケアも忘れずに。ラストイヤーで怪我明けだからとかの言い訳は誰も許してくれないから怪我すんなよ。得点期待してます。
同期へ
4年間ありがとう。残るべくして残った17人な気がします。変な奴が多いし、いろいろあったけど喧嘩するほど仲が良いっていうから僕たちは多分仲が良かったはず。みくちゃんの金髪を僕はまだあきらめてないので引退旅行で披露楽しみにしてます。
両親へ
いつもありがとう。
母は去年からほぼ毎試合見に来てくれてありがとう。
父は現地に来ることはなかったけど配信見てくれて毎試合後LINEをくれてありがとう。
ラストイヤーで試合に出る姿を見せることができて良かったです。
いつも支えてくれてありがとう感謝してもしきれません。
同志社ラクロスを背負い戦えたこの4年間を誇りに思います。
#2 大塚駿平
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